小川国夫の小説には、若い男女の交わりを、すごく感覚的に
スケッチふうに書いた小品が幾つもあり、印象に残っています。
映画「誘惑として、」に登場する男女のエピソード
(短篇「駅の明り」を原作とする部分ですね)も、
そのエッセンスを伝えていると感じます。
短篇集『流域』のトップに収録されている「心臓」も、そういった作品のひとつ。
(画像は、集英社文庫版)
小川国夫のこの手の小説を、説明することは、どうしても難しくて、
良さを感じていただけるとしたら、本文をご紹介するのが一番良いのではないか、
と感じてひいてみます。
体についた綾子のにおいがした。蝉の声が夜気を引っ掻いた。一面の虫の声の底を、川が流れていた。彼は自分の動悸を聞きながら、この音だけが自分なのか……、と思った。騒ぐ血を肉の容器が柔らかく受け止め、ゴクンゴクンと波動を胸壁にぶつけていた。それも動物の感触だったが、一糸乱れないのが彼には不思議だった。どんな動物も体に心臓を持ち、混乱する意志と行為をよそに、揃って整然とこの音をさせている。そう感じながら、彼は長い間耳を澄ましていた。
とっても内省的な世界ながら、人間の「内面」に向かうというよりも、
音や、自然や、肉体といったモノに向かっているのが印象的です。
この本も久しく手に入らない状態がつづいています。
が、このアンソロジーは現行商品で入手可能でしょうか?
吉行淳之介選の『純愛小説名作選』(集英社文庫)。この本を開くと
島尾敏雄さんの「ロング・ロング・アゴウ」などと共に「心臓」も収録されています。
※12/21(火)映画『デルタ』シネヌーヴォ公開初日、19時~上映後に
小川国夫さんとも親交の深かった画家・作家の司修さんをゲストに、
本映画のプロデューサー仲田恭子とのトークショーを開催します!
シネヌーヴォでは予約受付を開始しています。お見逃しなく!
http://www.cinenouveau.com/news/news.html
下窪俊哉